最高裁判所第三小法廷 昭和23年(れ)1001号 判決 1949年7月12日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
各辯護人の各上告趣意はいずれも末尾添附別紙記載の通りでありこれに對する當裁判所の判斷は次ぎの如くである
辯護人三宅正太郎の上告趣旨第一點及辯護人鍛冶利一の中畑義秋の爲めの上告趣旨第五點に付て
適法な手續で訊問された證人の證言は法令に別段の定ある場合(例へば刑訴應急措置法第一二條第一項の如き)を除いては其内容の如何を問わず本件に適用ある舊刑事訴訟法上證據能力があるのであって、その證人が過去において事件に關與した立場や、證言の内容の如何によってその證人の證人たる資格や、證言の證據能力を制限した法則はない、本件において中田貞三郎に對する訊問は法定の手續に從ってなされているのであるから、その證言の内容が所論の様な内容のものであるとの故を以て證據能力がないということは出來ない、また所論の様な傳聞や證人の主観的意見(これによって其證人がそういう意見を持ったといふ事実は立證される)はその證明力は一般的に甚弱いものであるといわなければならないから、他の證據なく専らこれ等のものだけで事実を認定したようなときは、場合によっては、これ等の證據に実驗則上認めることの出來ない不當に高い證據價値を附與したものとして採證上の法則に反するものというべき場合もあるかも知れない、しかし此の様な證據を他の證據と綜合して事実を認定したときは、これ等の證據が皆證據能力のあるものであって、これを綜合すればその事実を認定することが出來る限り、其中の一部の證據が右の様な證明力の弱いものであるからといって、それだけの理由で右認定が実驗則に反するということは出來ない、本件において所論中田の證言は他の多數の證據と綜合して被告人中畑と同西山が三滝清司を斬った事実を認定するに用いられているのであることは判文上明瞭であって、これ等原判決擧示の證據を綜合すれば原審の様な認定が出來るのである、其故右中田の證言が論旨の様に證明力の弱いものであるからといって該認定全體が実驗則に反する違法のものとする論旨は當らない、要するに本件に適用ある訴訟法の下においては右中田の證言を事実認定の一資料として擧示した原審の措置を違法なりとすることは出來ない論旨は採用し難い
辯護人三宅正太郎上告趣意第五點に付て
刑訴應急措置法第一二條第一項は同條所定の書類については被告人の請求あるときは公判期日において、その供述者又は作成者を訊問する機會を被告人に與えなければこれを證據とすることが出來ない旨を規定しているだけで、右訊問の結果が書類の記載と異る場合において、書類の證據能力又は證明力を制限する趣旨の規定ではない、右の様な場合に書類の記載と公判廷における供述とのいずれを採るかは證據の取捨撰擇一般の場合と同じく原審の専權に屬するものである、又舊刑事訴訟法第三六〇條によって判決には證據によって事実を認定した理由を説明しなければならないけれども、證據を取捨撰擇した理由を説明することは法の要求する處でない、此ことは所論の様な場合でも異るところはない論旨は採用し難い(その他の判決理由は省略する。)
よって上告を理由なしとし舊刑事訴訟法第四四六條最高裁判所裁判事務處理規則第九條第四項に從って主文の如く判決する
この判決は裁判官全員の一致した意見によるものである。
(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 河村又介)